介護

2012年5月18日 (金)

告別式

告別式が終わってゴールデンウィークに突入。
開けから、相続の件で銀行へ行ったり役所へ行ったり、あちこち電話をしまくったり。
資源回収があるので、父の物を選り分けたり。
で、それがまだ終わらないんですけど〜(^^;)。

告別式は朝から雨。
昨日は外へ出ていた猫達も、外をチラッと覗いただけで、また寝に入った。
今日は結構長いよ。
お留守番、頼むね。

式場へ入ったら、遺体の化粧直しをするという。
安置室は低温が保たれていたが、式場はドライアイスだけになる。
さすがに少々傷みも見えてきているので、これは当然かもしれない。
最近では、平気で1週間ぐらい葬儀終了まで掛かるが、昔だったらあり得ないよなあ。

遺体の化粧直しも済み、告別式と続けて焼き場、初七日までを受け持つ、常光寺の副住職がご到着。
副住職はご住職よりも気難しいと聞いていたが、挨拶に出向いてみれば、そんなこともないんじゃない?

読経・焼香の後、出棺。
全員の手で、棺に花が詰められ、棺の蓋が閉じられる。
叔父の会葬御礼の挨拶の後、出棺。
家の宗派は釘打ちはしないそうで、戒名を記した位牌と写真、花が、棺桶、副住職の後に続く。
私は喪主で位牌を持ち、棺桶と一緒に寝台車へ乗った。
副住職は自分の車。
他の方々は、マイクロバスに乗り込んで出発。

焼き場のある地域は、私が通った中学校があったところに近く、景色が何となく懐かしい。
運転手さんの話によると、神社の近くにあった小学校が閉校、十字路付近にある別の小学校と統合したらしい。
この辺りも過疎地かあ。
子供が減って年寄りが残る。
家の方と同じだな。

焼き場へ到着。
副住職の後について、窯の入り口まで。
窯の前へ、写真や位牌を並べ、棺はストレッチャーのようなのに載せられ、窯の前へ。
読経・焼香の後、窯の中へ。
係員がボタンを押して、着火。
昔はもっと音が聞こえたのだが、最近はここもそんなに音はしない。
これで、しばらく控え室で待つことになる。

この、待ちが結構長い。
お茶は用意してくれるので、ビールやソフトドリンクは売店か自動販売機で。
お茶菓子やおつまみは用意して行った。
お茶を飲んでおしゃべりをしていると、放送が入ったので、またお釜の前へ。

お釜の扉が開いて、お骨が出てきた。
昔はちゃんと人の形のまま出てきたはずだが、今回は頭蓋骨やのど仏は別にされて、他の骨も一塊に分けられていた。
あまり人の骨といった感じはしない。
昔の焼き場は、人を焼く独特な匂いもしたし、人の死が濃厚に漂っていたように思う。
人が死んだんだとリアルに感じる機会が、どんどん遠ざけられているようで、ちょっと残念な気がした。
この骨はどこどこの骨です、と係の人が説明してくれるのは変わりがなかった。

太い箸のような物で、二人一組でお骨を拾う。
何故かかならず二人一組で、最後の人が一人になってしまったら、すでに拾った人がもう一度拾っていた。
最後に骨の残りを余さず掻き集めて骨壺へおさめ、埋葬許可証と共に桐の箱へ入れられた。
金襴?のカバーを掛けて、喪主が持つ。
お骨はかなり重いし、カバーには底がないので、ちょっと持つのに緊張した。
前に持ったときはもうちょっと熱かった記憶があるのだが、今回はさほどホカホカもしない。
壷か箱の材質でも変わったのかな。
今度は喪主もマイクロバスに同乗して斎場へ戻った。

母の実家などは、この日に納骨まで済ませてしまうらしいが、ウチの方は初七日まで。
納骨は四十九日に改めて行い、それまでお骨は家に置いておく。
これが普通だと思っていたので、色々なんだなあと感心した。
斎場で初七日を済ませるのも丁寧なんだそうだ。

告別式の会場より狭い部屋で初七日。
多分、親族だけの式をやるときもここなのかな。
法要が済んだら、部屋を移って食事。
精進落としって、これかな。

ここばかりは喪主として、簡単な挨拶をしなくてはいけない。
「今日は長い間ありがとうございました。
簡単なお食事を用意いたしました。
父の悪口を肴にお過ごし下さい」
うけてどうするよ(^^;)。
副住職にまでうけてしまったのでした。
親族代表が献杯の挨拶。
挨拶の所為かは分からないけど、和やかに食事が進んだ。

副住職が帰られてお開き。
お骨は重いので、従姉の旦那さんに持って貰って、タクシーを呼んでもらって家まで。
猫2匹は家の中で仕方なく寝ていた。
父のお骨を祭壇に安置してお線香を上げてチ〜ン。

お疲れ様でした。
いやあ、長い一日だった〜〜。

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2012年4月30日 (月)

ゆかん、お通夜

お葬式が終わったら、どっと疲れて、いくら寝ても眠くてたまらない。
祭日じゃなかったら、あちこち手続きに飛び回っていただろう。
この連休は、ホントありがたい。
でも、行政センターで済ませられる手続きは、間の2日間で済ませないとなあ。

お通夜の前に湯灌があるので、少し早めに斎場に入った。
何か、家にいても落ち着かない。
出てくるときに、猫が一緒に外へ出てしまった。
雨が降っているが、かなりの嵐でも濡れずに帰ってくる猫なので、どこかへ上手いこと潜り込むだろう。

斎場へ入ったら、出迎えてくれた担当の方が、ちょっと得意げな顔で、祭壇を見てくださいと言う。
花壇にするのは分かっていたが、花は生花なので、その時々で出来が違う。
カタログにあったのは、ピンクのグラデーションだったので、男性用に違う色にと頼んであった。

会場に入って、パアッと目に入った祭壇に、これは得意になるはずだと納得。
白からブルーにかけての花のグラデーションが、波のようにうねっている。
シックで、それでいて華やか。
これは父には正直もったいないほどの出来だった。

母の実家は農家なので、親戚の中には花を作っている人もいるのだが、あちらではまだ花壇は珍しいそう。
叔父など、盛んに感心して、こう言うのも良いなあ、次はこう言うのにしたいなあ。
おいおい、次っていつよ(^^;)。

車で乗り合わせてくる方々が少々遅れそうなので、湯かんは来ているメンバーで済ませることにした。
私は伯母の時に新式の湯かんを経験済みだが、他の連中は新式は初めてだったらしい。
タオルの下で、お湯のシャワーを使って丁寧に清める。
何か、すご〜く気持ちよさそうなのだ。
頭なんか2度洗いで、最後は香りの立つシャンプーで洗われるし、遺族の希望者には髪を洗わせてくれる。
今回は全員が髪を洗ってくれた。
髭を丁寧にあたって、メイクアップまで施される。
その後の着替えが済むまで、別室で待っているときに、映画「おくりびと」みたいだったねという話が自然に出た。
あの新式の湯かんにはやはり技術が必要で、だいぶ前に葬式を経験している叔父の話だと、道具はあっても技術者がいない斎場が多いとのこと。
父の髪を洗ってくれた従兄が、冷たかったけど柔らかかったと言ったので、思わずチルドかなと言ったら従姉に睨まれてしまった。
呼ばれて元の部屋へ戻ったら、父はキチンと背広・ネクタイ着用ですましていた。
遺族の手で靴下を穿かせ、納棺。
遺品の帽子と、折り鶴を納め、納棺の義は終了。

実は、この新式の湯かんはいささかお高い。
昔ながらの古式湯かんも選べることは選べる。
でも、この湯かん、ご遺体が気持ちよさそう。
お風呂が好きで、床屋にも2週間か3週間毎には通っていた父だもの、最後におしゃれしても良いよね。

国道16号線のラッシュに嵌って、ご住職の到着が遅れ、挨拶もそこそこに通夜の儀が始まった。
終わって、ご住職も同席で会食。
私が、袖に引っ掛けてノンアルコールビールを倒した以外は、無事に散会となった。
雨はまだ降っている。
家に着いたら、メスの古猫の方がにゃごにゃご駆け寄ってきた。
雄猫の方は翌朝、戸の外で入れろと鳴いた。

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2012年4月24日 (火)

葬儀の準備など

葬儀屋との打ち合わせは、母・故人の兄弟、私には叔父叔母が手伝ってくれる事になったので。正直ホッとした。
一人で全部は、親戚など分からないことが多くて、どうにもならなかったに違いない。
父の友人もご夫婦で来て下さり、ありがたいことに焼き場まで行って下さるとのこと。
途中、友引がはいったせいでこういったことは焦らず済んでありがたい。

打ち合わせは何とかなったが、やはりお金のことは自分で動くしかない。
この、銀行関係が以前も面倒くさかったよなと、憂鬱になる。
父の介護があった所為で、事前準備をしていなかったので、父の口座から下ろせるかどうかはちょっと怪しいと思っていた。
父の委任状で下ろせる内に、少しは下ろして私の口座にいれておかないとまずいよなあ、と思っていたのにやってない。
案の定、父の口座が凍結となって、下ろせなくなった。

父の介護が終わったら、すぐにでも仕事を始められるように、最低限の貯蓄はしておいた。
母に続いて、伯母、父と続いた介護生活で、懐具合は実に厳しいが、これを取り崩せば何とかなる。
香典も少しは入るだろうし。
父の預金を相続するまで細々と食いつなぐしかない。
もっとも、すぐに仕事を始めるのは無理なので、どっちにしても同じかな。

祭壇を花壇にしたので、お盛物が今回はない。
あっさり花だけでいいやとそうしてしまったのだが、考えたら自宅へお骨を四十九日まで安置しておくのだった。
お供え物が何もないので、町内の親しくして頂いた酒屋さんと八百屋さんに飾れる物をと頼んだ。
お通夜の前に、自宅にお骨用の小さい祭壇を作りに葬儀屋さんが来てくれる。
それに間に合うようにと頼んだのだが、酒屋さんは早々に剣菱を用意してくれ、旦那さんが届けてくれた。
この旦那さんが、父の大学の後輩だというのは初めて聞いた。
なるほど、そう言う関係だったのか。

この酒屋の旦那、父と同様に庭にあれこれ置くのが好きだ。
そこで、「たぬきを持って行きませんか?」と聞いてみた。
「たぬき?」
焼き物の狸やカエルや河童は、少しだったら良いのだが、こうゴロゴロしていてはねえ。
さすがに好きな旦那、嬉しそうに選んで、狸とカエルを1つずつ貰ってくれた。
興味のない私なんかが持っていても、宝の持ち腐れ。
好きな人が貰ってくれた方が嬉しいよ。

あっと忘れていた。
焼き場へ持って行くおつまみを、明日辺り買っておかなくては。

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2012年4月22日 (日)

父・永眠

父が永眠しました。

今朝、猫に起こされて、出しに行ったついでに覗いてみたら、冷たくなっていました。
救急車より先に警察に電話したら、救急車も呼ぶように言われました。
ただいま検死中。

遺体は葬儀屋さんに預かっていただくことにしました。
さほど苦しまなかったようなので、大往生だと警察の方にも言われました。

これで介護生活も終わりです。
何か、一気に力が抜けました。

=====

追記
検死結果は、大動脈瘤破裂。
変形だったので、萎んだから大声も出さなかったんだな。

お通夜とお葬式は、斎場の関係で(木・金)になりました。
バタバタしなくていいかも。

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2012年4月21日 (土)

とりあえずヘルパーさん

取りあえず、ヘルパーさんが試験的に入ってくれることになった。

どうも父には、女の人が付いた方が扱いやすくなりそうなので、ケアマネさんやヘルパーさんの責任者の方とも相談して、器具なども女性の担当者をお願いすることになった。
介護認定がまだなので、正式にはまだだが、とりあえずヘルパーさんにはお風呂の介助と、爪切りだの髭剃りだのをやって貰うことになった。

さばさばしたヘルパーさんで、多少父が文句を言っても、てきぱきと仕事を進めてくれる。
口では文句を言っている父も、どうもお風呂へ入れて貰うのが楽しみになってきたらしく、朝早くから、あの人が来るからご飯を食べてしまおう、等と、寝言だかなんだか言っていた。

父のお風呂が終わった後、動線の確保で、まあ要するに片付け。
躓いたり怪我をしたりしないように、ヘルパーさんと父が並んで歩けるように、とりあえずは浴室の中の片付けとなった。

何せ、母の物がかなり置きっぱなしになっているのを、脱衣場の外へ出して掃除。
もちろん、私も手伝うわけだが、一人で断捨離をやっているよりも早い。
ヘルパーさんが帰った後は、私一人で片付け。
夜までに終わらず、残りは月曜日までの宿題。
終わったら掃除機もかけなくっちゃ。

本日はヘルパーさんは休み。
父は物足りなそうなので、慣れてきたら土日も入って貰おうかな。

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2012年4月17日 (火)

月曜日からやや

自分の殻に閉じこもって梃子でも動かなかった父だが、昨日辺りから少々聞き分けが良くなった。
完全に素直とはいかないが、まあまあ言うことを聞いてくれる。

着替えやオムツ替えもやらせてくれるし、今日先生の所で処方してもらった床ずれの薬も塗らせるようになった。
よく分からないが、まあいいことだ。

ひょっとしたら、ケアマネさんが美人だからか??

父はかなりのチャラ男なので、あり得ない事じゃないな(^^;)。

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2012年4月13日 (金)

大人用おむつの見直し

今日もケアマネさんが来て下さって、色々話すと同時に、手こずっていたおむつ交換も手伝って下さった。

かなり濡れた状態で、尿漏れもあり、本人だって気持ちが悪いと思うのだが、かたくなに交換させないのでまったく困る。
軽めだが床ずれも出来始めていて、このままだと酷いことになりそうなのだ。

今まで、徘徊があったり、行動も活発なので、リハビリパンツを利用していた。
それが、寝た切りになる日が増えてきた。
そうなると、トイレにも起きない。
この状態だと、逆にリハビリパンツは使いにくいのだが、日によって活発になる日もあって、完全にテープ式に移行してしまうのもやっぱり不便。

困ったもんだと調べていたら、花王から「テープ式にもなるパンツ」と言うのが出ているじゃないの。
パンツ式にもなり、テープ式にもなるという両用。
これいいかも。
試しにポチッとしてみた。

しかし、ケアマネさんも取扱に困る父だが、ケアマネさんがいると言うだけで、私としては気分的に楽になった。
来週の月曜日には、相談員の方と一緒に見えられるそうなので、そこでまた話し合い。
さて、どうなりますか。

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2012年4月12日 (木)

ケアマネさんが来てくれたんだけど

今日さっそく、認定前だけどケアマネさんが来て下さった。
以前のケアマネさんとは別の方だったけど、話を良く聞いてくれて考えてくれるだけでも、かなり助かった。

ただ、父がとにかく頑固で梃子でも動かない。
ケアマネさんも何も出来ず。
でもまあ、何も出来ないことは分かったので、そこは良かったかな(^^;)。

また明日以降、来て下さるそうなのでお任せします。

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2012年4月11日 (水)

独居予備軍

父が寝た切りになって、うつらうつらしている時間が長くなると、大声で喚いたり徘徊したりするよりは世話がいくらか楽にはなった。
まあ、これはこれで別の手間がいっぱいあるのだけれども。

つい、一人になる日も近いんだよなあ、と考えてしまう。
ずっと親と一緒だったので、そうなると初めての一人暮らしが始まる訳か。
同い年で同じく独身の友人が、この歳になると一人が淋しいと言っていた。
そうかもなあ。
何があっても一人は一人。
まあ、覚悟して独身なのでそれは仕方がない。

しかし、一人になったときに閉じこもってしまうのが一番危ない。
孤独死だか孤立死だかが、他人事ではなくなるわけだ。
今まで以上に社交的に、なんてことを考えないといけないな。
特に、身近にいる人とはコミュニケーションが必要かも。
かなり社交的ではないので、これは意識しないと(^^;)。

以前、友人に、
「猫が一人暮らしになったら、毎日レトルトカレーだろう」
と言われた事がある。
「そんなことはないよ。時々はお蕎麦も茹でて盛り蕎麦を食べる」
なんて言った物だが、冗談ではなくなりそうな。

父の世話が一通り済むと、自分だけ一人でご飯を食べないといけない。
もう何でもいいやという気になっていることが多い。
好き嫌いが多くて、まるで作り甲斐のない父でも、人のためにご飯を作るって、やはり励みにはなっていたんだなあと思った。
しかし、その何でもいいやで、前回の母の介護が終わったときに、脳出血で入院したので、気を付けないと。

そこで、こんなのを買ってみた。
さっそく使ってみてるけど、長続きするかなあ。

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2012年4月10日 (火)

介護相談に行ってきた

前回、介護認定を受けて利用しなかったから、やはり期限切れで今回は新規の扱いになった。

まあ、前回は徘徊していたから、ヘルパーさんはちょっと利用し難かったもんね。
今回はほとんど寝た切りなので、色々頼むことがあるよね。
ポータブルトイレとか、あるといいかも。

父はともかくお金は払いたくない人なので、ケアマネさんと相談して上手くやらなくちゃ。
ちょっとチャライところがあるので、誰か女の人に入って貰った方がやりやすくなるかな?

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