告別式が終わってゴールデンウィークに突入。
開けから、相続の件で銀行へ行ったり役所へ行ったり、あちこち電話をしまくったり。
資源回収があるので、父の物を選り分けたり。
で、それがまだ終わらないんですけど〜(^^;)。
告別式は朝から雨。
昨日は外へ出ていた猫達も、外をチラッと覗いただけで、また寝に入った。
今日は結構長いよ。
お留守番、頼むね。
式場へ入ったら、遺体の化粧直しをするという。
安置室は低温が保たれていたが、式場はドライアイスだけになる。
さすがに少々傷みも見えてきているので、これは当然かもしれない。
最近では、平気で1週間ぐらい葬儀終了まで掛かるが、昔だったらあり得ないよなあ。
遺体の化粧直しも済み、告別式と続けて焼き場、初七日までを受け持つ、常光寺の副住職がご到着。
副住職はご住職よりも気難しいと聞いていたが、挨拶に出向いてみれば、そんなこともないんじゃない?
読経・焼香の後、出棺。
全員の手で、棺に花が詰められ、棺の蓋が閉じられる。
叔父の会葬御礼の挨拶の後、出棺。
家の宗派は釘打ちはしないそうで、戒名を記した位牌と写真、花が、棺桶、副住職の後に続く。
私は喪主で位牌を持ち、棺桶と一緒に寝台車へ乗った。
副住職は自分の車。
他の方々は、マイクロバスに乗り込んで出発。
焼き場のある地域は、私が通った中学校があったところに近く、景色が何となく懐かしい。
運転手さんの話によると、神社の近くにあった小学校が閉校、十字路付近にある別の小学校と統合したらしい。
この辺りも過疎地かあ。
子供が減って年寄りが残る。
家の方と同じだな。
焼き場へ到着。
副住職の後について、窯の入り口まで。
窯の前へ、写真や位牌を並べ、棺はストレッチャーのようなのに載せられ、窯の前へ。
読経・焼香の後、窯の中へ。
係員がボタンを押して、着火。
昔はもっと音が聞こえたのだが、最近はここもそんなに音はしない。
これで、しばらく控え室で待つことになる。
この、待ちが結構長い。
お茶は用意してくれるので、ビールやソフトドリンクは売店か自動販売機で。
お茶菓子やおつまみは用意して行った。
お茶を飲んでおしゃべりをしていると、放送が入ったので、またお釜の前へ。
お釜の扉が開いて、お骨が出てきた。
昔はちゃんと人の形のまま出てきたはずだが、今回は頭蓋骨やのど仏は別にされて、他の骨も一塊に分けられていた。
あまり人の骨といった感じはしない。
昔の焼き場は、人を焼く独特な匂いもしたし、人の死が濃厚に漂っていたように思う。
人が死んだんだとリアルに感じる機会が、どんどん遠ざけられているようで、ちょっと残念な気がした。
この骨はどこどこの骨です、と係の人が説明してくれるのは変わりがなかった。
太い箸のような物で、二人一組でお骨を拾う。
何故かかならず二人一組で、最後の人が一人になってしまったら、すでに拾った人がもう一度拾っていた。
最後に骨の残りを余さず掻き集めて骨壺へおさめ、埋葬許可証と共に桐の箱へ入れられた。
金襴?のカバーを掛けて、喪主が持つ。
お骨はかなり重いし、カバーには底がないので、ちょっと持つのに緊張した。
前に持ったときはもうちょっと熱かった記憶があるのだが、今回はさほどホカホカもしない。
壷か箱の材質でも変わったのかな。
今度は喪主もマイクロバスに同乗して斎場へ戻った。
母の実家などは、この日に納骨まで済ませてしまうらしいが、ウチの方は初七日まで。
納骨は四十九日に改めて行い、それまでお骨は家に置いておく。
これが普通だと思っていたので、色々なんだなあと感心した。
斎場で初七日を済ませるのも丁寧なんだそうだ。
告別式の会場より狭い部屋で初七日。
多分、親族だけの式をやるときもここなのかな。
法要が済んだら、部屋を移って食事。
精進落としって、これかな。
ここばかりは喪主として、簡単な挨拶をしなくてはいけない。
「今日は長い間ありがとうございました。
簡単なお食事を用意いたしました。
父の悪口を肴にお過ごし下さい」
うけてどうするよ(^^;)。
副住職にまでうけてしまったのでした。
親族代表が献杯の挨拶。
挨拶の所為かは分からないけど、和やかに食事が進んだ。
副住職が帰られてお開き。
お骨は重いので、従姉の旦那さんに持って貰って、タクシーを呼んでもらって家まで。
猫2匹は家の中で仕方なく寝ていた。
父のお骨を祭壇に安置してお線香を上げてチ〜ン。
お疲れ様でした。
いやあ、長い一日だった〜〜。
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